友達の輪502号(2015年5月22日発行)
農業(酪農)
伊藤 満浩さん 弘子さん
青い空に緑がすがすがしい紫陽花の季節がやってまいりました。本日の「友達の輪」には幸手で唯一の酪農家である伊藤満浩さん弘子さんご夫妻に登場いただきます。劇団ポップコーンの内海(ウチカイ)恵美子さんからご紹介です。
【本紙】 内海さんからご紹介いただきました。酪農業をされているそうですね。
【伊藤(満浩)】(敬称略) 専業農家として私で13代目になります。かれこれ200年くらいになるのではないでしょうか。正確なところは分からないですが、家屋自体も100年を越えていますね。酪農のほうは私の親の代から始まりました。当時は5頭や10頭くらいの小規模な酪農家がたくさんありました。うちも元々はそれくらいからのスタートでした。さらに辿っていくと、米だけでは食べていけないということで、野菜をやったり、酪農をやったり、養豚をしてみたりという時代でした。うちも豚を飼っていた時期や、蚕を飼っているころもあったそうです。当時農家は皆似たようなことをしていたとの事です。それで、昭和30年代に入ってきて、本格的に酪農を始め、徐々に牛を増やしていきました。私が家業に入った頃には22頭の搾乳でした。そして、10年前に32頭搾乳の牛舎を建てました。
【本紙】 現在、何頭いるのですか?1日1頭からどれくらいの牛乳が摂れるのですか?
理想は1年1産
【伊藤(弘)】 現在、搾乳牛32頭と育成牛14頭です。朝、晩と2回搾るのですが、1頭から平均27キロくらい搾れます。でも、いつでも乳が出るわけではないのです。人間と同じで赤ちゃんを産まないと出ないのです。乳牛というくらいだから、いつでも出ると思っていましたが、そうではなかったということを、嫁いでこの仕事に触れるまで本当になにも知らなかったのです。牛乳は勝手に出るものだと思っていましたし、お産のときは記念に写真を撮ろうと思っていました。でも、主人に「出産はいつもあることだから写真なんていいよ」と言われてびっくりしました。(笑)乳牛は出産をして1年くらい搾乳ができるのです。ですから、1年ごとにお産をさせないといけないということになります。理想は1年1産になります。また、お産前は乾乳といいまして、2ヶ月くらい乳房を休ませることも必要ですから、32頭が常時搾乳できるわけではないのです。
【本紙】 生後何歳くらいで牛乳が出るようになるのですか?
【伊藤(満)】 2歳からになります。大体15ヶ月目くらいで人工授精を実施します。牛の妊娠期間は約280日なのですが、それからの出産になりますので、上手く事が運んでくれれば24ヶ月目、2年くらいで最初の乳が出るようになります。いまの乳牛というのは改良されていまして、牛乳を出す能力というのが凄く高いのです。そうすると、食べた栄養分が不足すると身を削って牛乳を出そうとしてしまうのです。元々は草だけを食べる動物ですが、それだけでは栄養が足りなくなってしまい、とうもろこし、麦、大豆などの穀類も食べさせる必要性が出てくるのです。お産後、急激に乳量は増えますが、穀類は急には増やせません。そこでやせ過ぎてしまうと次の妊娠が難しくなります。何とかやせさせず、次の妊娠へもっていくか、そのバランスをいかに取るかということですね。
【本紙】 牛を飼っていて苦労されたところなどありますか?
日々の観察が大切
【伊藤(満)】 自分の管理ミスで牛を駄目にしてしまうというのが一番堪えますね。例えば餌を食べる量が少なくてどうしたのだろう、と思ったら熱があったとかですね。人間と同じで食欲で見るようにしています。何もなければ普通に食べますし、おしっこもすればうんちもします。日々の観察で早く気づけばいいのですが、気づかなければ進行してしまいます。人間と大きく違うことは言葉で教えてくれないことです。動きがちょっとおかしいなと思っても、まあいいかと見逃してしまっていると足がどんどん腫れていってしまうというケースもあります。あれだけ大きな体ですからね。足への負担も大きいのです。
【本紙】 牛は寝るときは立っていないですよね?
【伊藤(満)】 膝まづいて寝ますよ。「食べてすぐ寝ると牛になる」といいますけど、牛は食物連鎖の下の方の動物ですので、いい餌をたくさん食べて、まず腹の中に貯めるのです。そうして安全なところでゆっくりと反芻を行います。牛の胃袋の中に微生物がいるのですが、牛が反芻をして食べ物を細かくすることによって、微生物がそれを利用してたんぱく質を作るのです。牛は微生物が作ったたんぱく質を取り込んで栄養として牛乳を作ります。さきほど穀類をあげすぎると良くないと言いましたが、胃袋が酸性になってしまうのです。そうなると微生物の働きが悪くなってしまうため、穀類は何回かに分けて少しずつ与えるようにしています。
【本紙】 搾乳など1日のお仕事も大変でしょうね?
【伊藤(満)】 集乳車が深夜3時頃来て前日に搾っておいた牛乳を持って行ってくれます。朝起きるのが6時頃で最初にやることは集乳車が回収して空になった牛乳の冷蔵貯蔵タンクを洗浄することです。それから牛の回りの糞尿の掃除を行い、7時くらいから搾乳に入ります。
【伊藤(弘)】 私は朝食の支度や子供の送りなど家の仕事を終えてから、8時過ぎくらいに牛舎に入って手伝いをします。終わるのは9時くらいになります。搾乳はパイプラインミルカという機械で行います。主人一人の時は3台の搾乳機ですが、夕方は私も手伝いますので4台でやっています。搾乳機は真空圧を利用し、あまり出なくなると自動的に減圧して牛に負担がかからないようになっています。よく、「生き物を飼っていると大変ですね」と言われますが、近年では酪農ヘルパ-という組合がありまして、私たちが休みを取りたい時などは代わりに来てくれて搾乳や清掃などをしてくれるのです。ですから、昔はなかなか休めなくて家族で出かけられなかった旅行などにも行けますし、趣味なども楽しめるようになりました。
大事にしたい地域
【本紙】 これからの夢などは?また、趣味などは?
【伊藤(満)】 牛舎を建てて10年ですが、管理技術の向上と共に乳量、乳質の成績も上がってきています。当然ですが美味しい牛乳は健康な牛からしか搾れません。これからも健康な牛をずっと飼っていきたいなと思っています。
【伊藤(弘)】 趣味ですか、私は弓道を習っています。次女が高校のときにやっていたのですけど、応援に行ったときにやってみたいと思ったのです。道とつくものをやってみたかったのです。上の子と下の子が剣道をやっていたのですが、剣道はちょっと痛いだろうし、弓道ならそういったこともないですからね。始めてから4年くらい経ちますがまだ2段です。2段といっても、的に当たらなくても型がしっかりとしていれば取れる段です。目標はより上の段を取るというのもありますが、弓道という道だからずっと続けていくことが目標です。弓道の前はソフトバレーをやっていましたが、年とともに体が動かなくなってきてしまいました。
【伊藤(満)】 私はソフトバレーとミニテニスをやっています。地元の同級生、先輩、後輩たちと「RIT」と言うサークルで楽しんでいます。また、その仲間の中でバイク好きの人たちと一緒になってツーリングに行ったりしています。自転車が好きな人も多く、その人たちで集まってサイクリングに行きます。RITでは、他にもハイキングやボランティア(体協)を通し地域の仲間づくりに努めています。体を動かしたり、風を受けるということは気分転換にいいですね。また、吉田地区は地域のネットワークがすばらしく、私もボランティアで多くに参加しています。現在も体協吉田支部で会計を務めていますが、吉田小学校PTAやPTA連絡協議会の会長も務めていましたし、現在は東中学校の学校評議員もしています。酪農という仕事柄、昼間が空くのでそれで頼まれてしまうのでしょう。(笑)と言っても、嫌いではないのでしょうね。他に吉田駐在所を中心とした吉田地区の自主防犯団体「吉田駐在所地域安全推進の会」の副会長もやっています。こういうことをやってきていると、自分の為にもなりますし、自分が楽しみながら、それが地域の人たちの為になるのなら、こんなに嬉しいことはないと思います。
【本紙】 すばらしいですね。では、お友達をご紹介ください。
【伊藤(弘)】 幸手警察署吉田駐在所の奥さんの野﨑ミワ子さんを紹介します。
【本紙】 ありがとうございました。これからも安心安全で新鮮な牛乳の生産にご尽力下さい。 (伊藤さんご夫妻のメインは、酪農ですが農業もされていて、5月の上旬は田植えなどで忙しかったようです。朝早くからのお仕事ですが、昼間に時間が取れるので地域の事や趣味などを楽しんでいるそうです。牛舎に並んだ牛たちがとても可愛いいなと感じました。)