タウンプレスよみうり

読売センター幸手が隔週で発行している地域ミニコミ紙「タウンプレスよみうり」の内容をご紹介

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友達の輪511号(2016年10月9日発行) 
幸手卓球連盟副会長 鈴木 亮子さんへ

オリンピック、パラリンピックに続き、ワールドカップの最終予選と、スポーツ界では大きな戦いが続いております。本日の「友達の輪」にはサンセット・シニアーズの田口渡美子さんからご紹介いただいた、幸手卓球連盟の鈴木亮子さんに登場いただきます。鈴木さんはご子息と共にさいたま市と久喜市で㈲ベルアールという不動産会社を経営されています。

【本紙】 指導者としてもご活躍されてますが、卓球はもう長いのですか?

【鈴木】(敬称略) 中学1年からずっと続けていますね。卓球から離れることなく、ずっと続けて来られているというのは幸せなことだと思います。最初のきっかけは、NPO法人幸手から卓球教室をやってほしいと依頼があったことです。長倉・香日向・幸手・吉田・北などの各支部で毎週土曜日に2時間、10回教室を依頼されました。2回目の卓球教室が終わった頃に、生徒さんから卓球クラブを作って欲しいとお願いされたのです。仕事もありますから躊躇していましたが、何度も頼まれまして、1年間考えた末に、「では、私の定休日にクラブ活動をしましょう」ということでベルアールという卓球クラブが誕生しました。現在会員は36名で毎週木曜の1時~4時の3時間やっています。

【本紙】 卓球連盟の副会長をされているそうですね。

代議士に依頼友達の輪写真

【鈴木】私は春日部から幸手に越してきたのですが、当時は個々にクラブがあって、卓球連盟がありませんでした。それで、卓球連盟を作らないと絶対に卓球人口は増えないと感じていましたので卓球連盟を作ろうと思ったのです。そのときに、幸手で一番偉い人は誰かと聞いてみたら、地元に国会議員の先生がいらっしゃるということで、その方に会長をお願いしようと思ったのです。そうしたら、回りから「そんな馬鹿な?」という反応をされました。私も怖いもの知らずでしたから、お願いしに行ったら、先生から「どうせ私は名前だけなんでしょう」と言われて、「そうです、名前だけでいいですから」ということで引き受けていただけることになりました。周囲からは「嘘!?」という感じでしたね。それで、卓球連盟を立ち上げて、卓球をやっているクラブの人を集めて、1年間連盟の必要性を説明しました。しかし、なかなか受け入れてもらえなかったですね。その1年の間に卓球大会などもやったりしました。それから体育協会に1年間の活動報告をして、「卓球連盟として体育協会に加入させて下さい」と総会のときにお願いしました。無事に加盟させていただき、それからずっと体育協会の理事になり、途中から常任理事にもなりました。おかげさまで幸手から推薦もされて、県から体育功労賞もいただく事が出来ました。

【本紙】 クラブ活動はどちらでされているのですか?合宿もあるそうですね?

合宿も楽しみ

【鈴木】 アスカル幸手です。室内ですので、天気が悪くてもやれるのですが、雨でも雪でもどんな天気でも皆さん熱心に来られます。ただ、どうしてもという仕事が入ってしまうと行けなくなってしまうので、その時は皆に任せてあります。合宿は年に2回鬼怒川のホテルのバスをチャーターして開催します。今回の合宿で12回目となりました。最初は年に1回だったのですが、年に2回やってほしいという要望がありまして、それから合宿は年に2回になりました。体育館を2日間借りて、温泉にも入って宴会もして、その合宿の中で大会も行います。部活動みたいな感じで本当に楽しいですね。会員の方々は定年などで会社を辞めてしまうと宴会などの機会もなくなってしまいますから、旅行兼懇親会みたいになっているところもありますね。この間の合宿では日本卓球から講師をふたり招いて9時~12時まで練習しました。

【本紙】 卓球のラリーはスピード感がすごいですね。年齢は関係ありますか?

100歳まで

友達の輪写真

【鈴木】 「神業だ」と評されますが選手は努力の賜物だと思います。昔は世界選手権でもオリンピックでもテレビ放映されませんでした。球は小さいしラリーも速いからよく分からないのです。でも、放送技術も向上して、素人の方でもよく分かるように放映されるようになりました。オリンピックでも盛り上がりましたが、私たちが一番広めたいのは、卓球は年齢を重ねてからでも出来るスポーツであるということです。練習も若い人並みの練習ではなくて、自分の年齢にあった練習方法があります。この練習方法と自分の体をしっかりと分かっていれば「100歳まで出来る」という教え方をしています。若い子たちのフットワークはすごいですけど、自分がそのフットワークをやる必要はなく、逆に相手を動かせばいいのです。クラブ員の皆さん、本当に卓球が好きですから、ずっと続けていってほしいと思います。怪我や故障で卓球から離れられてしまうというのがすごく寂しいのです。そうならないように長く卓球を続けていけるように教えていきたいと思います。一番年長の方は84歳です。若い方でも50代です。一般社会ではほとんど定年を迎えたような方ばかりです。でも、卓球を教えていて分かるのですが、すごく活き活きしています。「クラブを作って良かった」と思うのは皆さんがとても健康に気をつかっているということです。「健康に気をつけて、卓球が出来なくなったら終わりだ」という感じの人が多いですよ。ちょっと調子が悪かったら、少し体調を整えて、またクラブに来るという方もいらっしゃいますから、しっかりと自己管理をされています。新しく入った方も、夫婦ふたりで趣味のひとつに卓球を楽しむつもりのようでしたが、友達も出来て楽しくなってきて、クラブに入って良かったという方もいらっしゃいます。幸手に来て、卓球連盟を始めて37年目になりますが、当初から一緒に役員をしてくれる方もいてすごく良かったと思います。

【本紙】 お仕事ですが「ベルアール」の由来などあるのですか?

【鈴木】 主に不動産の仲介や売買、アパートの管理などをやっています。私の息子が社長なのですが、私が亮子で社長が亮一です。鈴木の鈴から「ベル」と名前の頭文字のRを組み合わせたものです。この仕事は息子が久喜で創業して20年になります。息子である社長は土呂にあるベルアールさいたま店に行ってますが、さいたま店をオープンして1ヶ月くらいしたときに、私もなにか援護射撃をしないといけないと思って、それまで永く勤めていた会社を辞めて、宅地建物取引士としてベルアール久喜店を私が見るようになりました。

【本紙】 では、お友達をご紹介ください。

【鈴木】 幸手ポリマー社長の野村吉男さんをご紹介します。

【本紙】 ありがとうございました。お仕事もクラブ活動にもご活躍下さい。(鈴木さんは卓球を通じて人と人のコミュニケーションを大切にされているようです。合宿が2回あるというクラブ活動楽しそうですね。)