タウンプレスよみうり

読売センター幸手が隔週で発行している地域ミニコミ紙「タウンプレスよみうり」の内容をご紹介

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友達の輪569号(2019年3月10日発行) 
幸手市立さくら小学校第六代校長 安藤 康浩さんへ

【本紙】 先生になろうと思ったきっかけはなんですか?

【安藤】(敬称略) 数々の出会いがあったからですね。親戚中、群馬県で国鉄か郵便局のどちらかに勤めていました。私も国鉄に勤めたいと思い、工業高校から多く採用されていることを知り、工業高校に進学しました。ところが、高校に入ってまもなく、国鉄が民営化されて、高卒での新採用は難しいという話を聞き、目標としていた進路先がなくなってしまいます。当時、工業高校の就活は3年の6月頃から会社訪問をして、夏頃には内定を貰う人が多く、国鉄に入ると勝手に決めていた私は、他の選択肢は考えられず国体に向けて稽古に明け暮れていました。少年期に指導を受けていた剣道の恩師に「県警を受けたら」と薦められたり、剣道部のある会社を紹介していただいたりしました。県警は試験に落ちてしまい、紹介された会社も丁重にお断りさせていただきました。それなのにまだ、自分の中に「これだ!」という気持ちは沸きませんでした。業を煮やした進路指導の先生に「それだったら勉強しろ」と言われ、遅ればせながら受験勉強を始めたのです。学校は両親の実家がある群馬県の大学を薦められ、とりあえずそこに入っておけばこの状況から逃げられるかなという不純な思いでした。

【本紙】 教員になろうとは思っていなかったのですね。

お前のは、授業じゃない!

【安藤】 そうですね。自分の居場所と働き口のための繋ぎのような感じでした。自分で言うのも変ですが大学では不純な動機とは裏腹に朝から晩までずっと勉強していました。勉強していても教員になろうという気持ちは起きず、採用試験を受けることもなく、就活もせずに、学費を負担してくれた親からの強い要望で、教員免許だけは取得しました。この時期にまた剣道で繋がるのですが、小学校当時所属していた少年団で、時々見かけた校長先生らしき方が、自宅にやってきたのです。そして、「何もしないで遊んでいるのなら、臨時的任用教員をやったらどうだ」と薦められたのです。教職経験も実習で4週間程行っただけで、素人同然でなにも知らないし、なにも分からない状況で4月に小学校の臨任になってしまったのです。本当になにも分からない状態でした。「これをやってくれ」と言われたことを素直にずっとやっていました。代わりの人がいなかったからか、産休に入る方に代わり5月の終わり頃から3年生の担任を持たせてもらうことになりました。何をどうしたのかも覚えていませんが、とにかく毎日毎日校庭で子どもたちと遊んでいました。今のような学力優先の頃だったら、真っ先にクビでしょうね。でも、教員になろうと本気で思ったのはこの頃でした。4年生の学年主任だった方に算数の授業を見ていただいたときです。先生から優しく指導してもらえると思ったら「お前のは、授業じゃない!」と一喝されました。教員をやるという覚悟もなかったので、まともな指導案も書けなかったですしね。そこで教員として当たり前のことをみっちりと、その先生から教わりました。幾人もの恩師がいますが、教員になるということに関しては、その学年主任の影響が一番ですね。当時は教員というより、近所のお兄ちゃんみたいな感覚で子どもと触れ合っていればいいと思っていましたから、大変な間違いをしていたことに気づかせてもらえました。

【本紙】 さくら小学校の来年の展望というものはありますか?

誇りと志を胸に友達の輪写真

【安藤】 学校の教育目標を変えたいと思っています。開校以来「かしこく・ゆたかに・たくましく」を目標に掲げています。しかし、日々行事に追われて、学校の活力自体が衰退していることもあり、幸手市の子どもであるということに誇りを持たせたいと考え、「ふるさと幸手を愛し、志に生きる」という目標に変更したいと思っています。志の同義語として使われる夢ですが、夢は自分事ですよね。こういう風になりたい、こういう風にしたい、ということを夢として語るわけです。けれど、これからの時代は夢だけを追って、それを叶えるだけでは生き抜いてはいけないと思うのです。夢を叶えた後、何をするのかを見据えることが出来る子どもたちを育てたいのです。また、校訓として「全力」を掲げていますが、第四代の中山校長が掲げた合言葉は、継承したいと思っています。全力には二つの思いを込めてあります。「自分の力が伸びる時は、持てる力の全てを発揮したときです。」この言葉は私が本を読むようになったきっかけでもある、大村はま先生が著書に記された言葉で、非常に共感を覚えました。もうひとつは、「小学校はたった一度きりの時です。全力をあげて取り組んで、全力をあげて頑張ってください。」というまど・みちおさんの絵本に出てくる言葉です。きっと中山校長はこの文章に強い共感を覚えたのだと思います。これらを受けて、「ふるさと幸手を愛し、志を生きる」ための校風として「全力」を伝えていきます。

【本紙】 ご趣味は何ですか?

物語の楽しさを知る友達の輪写真

【安藤】 パソコンに触れている時間が長かったので趣味ですかね。そのパソコン遊びがきっかけで情報教育に入り、幸手市の教育に関わることにもなりました。また、本を読むことも趣味の一つですね。元々、本をまったく読まない人間でした。読書をするようになったのは、妻の影響が大きいですね。妻も教員で学校図書館教育に携わってきました。もともとは学校司書になりたかったようです。しかし、県内では学校司書の採用はなく、教員になった人です。とにかく図書室にいるだけで幸せという人なんです。ある時、私に「どうして本を読まないの?」と聞いてきたのです。それが一回だけではなく、ことあるごとに聞かれ続けたのです。そんな風に夫婦間で読書について話していたら、私は物語の楽しさを経験していなかったことに気がつきました。それから、興味を持った本から少しずつ読み始めたわけですが、その中に大村はま先生の本があり、強い衝撃を受けたのです。その後、夢中になって、読むようになりました。それまで本屋にも図書館にも行かない人間でしたが、読書の楽しさを知ってから図書館通いも楽しくなっています。

【本紙】 物語の楽しさを伝えたいですね。では、お友達をご紹介ください。

【安藤】 中央公民館長の飯塚忠明さんをご紹介します。

【本紙】 ありがとうございました。これからもふるさと愛にあふれた子どもたちを育んでください。(安藤校長は情報教育を長くやられており、2020年に始まるプログラミング教育は楽しみだそうです。お話の中で、パソコンやソフトをいかに使いこなすかという点から「プログラミングで何を学ぶか」という、子どもの学びに繋がる学習こそ本来の情報教育と感じました。)