タウンプレスよみうり

読売センター幸手が隔週で発行している地域ミニコミ紙「タウンプレスよみうり」の内容をご紹介

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友達の輪626号(2021年8月22日発行) 
宮川美容室オーナー 宮川 智子さんへ

【本紙】 美容業界に入ろうと思ったきっかけはなんですか?

【宮川】(敬称略) 父がサラリーマンで、当時は55歳が定年退職年齢でした。子供の頃、父が55歳で定年退職するのを見て、まだまだ働けるのに年齢で切られてしまうのは、おかしいなと思った覚えがあります。私の母は助産婦兼保健婦で、主婦が働くことに抵抗もありませんでしたし、仕事をしている母はとても生き生きしているように見えました。それで高校卒業後の進路について、私も手に職を持とうと思い、母と同じ仕事をしようと思いました。ところが、母から「あなたには向いていないから止めた方がいい」と反対されたのです。当時、美容業界は山野愛子美容室などが台頭しており華やかでしたので、私に向いているかは分からなかったのですが、やってみようと思ったのです。ダメだったら、また違う道を探せばいいか、という考えでした。それで高卒後、北海道の美容学校に2年通い、そして、5年間美容師の仕事をしました。しかし、もっと勉強したいと思い、先生に頼み込み上京したのです。東京でお世話になった先生はカットが上手で、3年間徹底的にカットを学ばせてもらいました。次に神奈川の平塚で2年間です。平塚の先生は私と同年代の方で、技術や手早さなどを学ばせていただきました。仕事が終わった後にも、勉強会や研究会などに参加して技術を磨いた思い出があります。

【本紙】 神奈川から幸手に来られたのですか?

北海道と九州友達の輪写真

【宮川】 平塚で美容師をしている時に、親しい友達がいました。その、友達のご主人の大学時代の友達が遊びに来ていて、実は私の主人になるのですが、友達を通して主人と知り合ったのです。主人は九州の出身、私は北海道出身と、距離感のあるご縁だなと思いました。昭和48年に新婚生活をするために、入居者を募集していた完成した幸手団地に越してきました。当時、幸手団地にある美容室が技術者を募集していたので、10年位働かせていただきました。現在の緑台の店舗は昭和58年に前オーナーから譲っていただいたものです。渡辺さんという方が経営されていましたが、東京に引っ越すことになり、購入させていただき、自営店になりました。最初の5年くらいは人を雇っていたのですが、雇用するというのは思った以上に大変で、その従業員も事故を起こし、休みがちになってしまい、辞めたいという事になったので、それからはずっとひとりで、ひとりのほうが気楽でいいと思うようになってしまいました。仕事が大変になるかなと思っていたのですが、意外となんとかなってしまいました。従業員がいた頃も楽しかったのですが、気を遣いすぎてしまい、逆に疲れることもありました。従業員の方が気になってしまい、自分の仕事に集中出来ず、自分の方がミスしてしまうということもありました。仕事量は増えましたが気苦労は減りました。ただ、お客様が重なってしまうと捌ききれないので完全予約制にしました。今では、ほとんどが固定客様でどのお客様がいつ頃来るのかだいたい分かります。なので、自分の空き時間を調整しやすく、自分のやりたいことも出来るようになりました。

【本紙】 趣味などですか?

仕事を頑張り

【宮川】 趣味というほどのものではありませんが、昔は旅行が好きでよく色々なところに行っていました。旅行に行くために、1年間仕事を頑張って、1週間ほど捻出して、海外などにも行きました。最初に行ったのがオランダでした。5月、6月の頃でチューリップが綺麗な頃です。それから、イタリアやドイツなどのヨーロッパ地方に多く出かけました。身体が動ける内に遠いところに行っておけば、年をとってから近場で満足出来ると思っていたのです。今はコロナで旅行に行けなくなってしまいましたが、コロナ前直近では台湾に行きました。海外はもう十分に行きましたので、コロナが落ち着いたら、国内の色々な所を回ってみたいと思っています。コロナの前は毎年必ず旅行していたグループがあります。九州の方たちと東京の方たち、そして私たちの計8名です。コロナが落ち着く想定で、久しぶりに予定が立ち9月に知床方面に5泊で行く予定です。でも、8月になり緊急事態宣言も発出され、今後の状況次第ではキャンセルになりそうで、油断は出来ないですね。

【本紙】 旅行以外にもなにかされているのですか?

介護と仕事の10年友達の輪写真

【宮川】 以前は親の介護もあり、介護をしながら仕事もしていましたから、旅行どころではありませんでした。私の親は名古屋にいましたが、介護生活となり呼び寄せて一緒に生活しました。それが終わったら、今度は主人の母を九州から呼び寄せて、同様のことをしました。ディサービスなどの施設も併用していましたが、10年位は介護生活でした。当時の旅行は、その介護の息抜きのようなものだったと思いますね。

【本紙】 バイタリティ溢れた印象ですが、元気の秘訣はありますか?

【宮川】 常に刺激を受け続けることでしょうか。やらないで終わってしまうより、なんでもやってみた方がいいと思います。やってみて後悔することもありますが、やらないで後悔するよりいいと思っています。美容室も後継者がいませんから、私が限界になったらそこでおしまいです。でも、まだたくさんのお客様にご来店いただいていますし、当分は辞められないですね。ずっと仕事を続けているというのも張り合いがあっていいのでしょう。美容師は立ち仕事ですから、尚更いいのかもしれません。ただ、健康面だけはチェックするようになりました。主人が毎年ドックを受けているので、私も一緒に受けてみようかな、と軽い気持ちで受けたのです。そうしたら、脳動脈瘤が見つかって、手術になったのです。運が良かったとも言えますね。術後2ヶ月も仕事を休んでしまい、皆さんには心配をかけてしまいました。復帰して最初のうちは午前中にお客様ひとり、午後にお客様ひとりという感じでやっていました。刃物を使う仕事でもありますから、最初のうちは神経質にもなりましたが、いつの間にか普段通りに出来るようになっていました。

【本紙】 健康第一ですね。では、お友達をご紹介ください。

【宮川】 ありがとうございました。これからも健康に留意され、お仕事と旅行をお楽しみください。(宮川さんは、都内にいるときは咳が出たり、喉が痛くなったりしたそうです。幸手に越して、空気も良く、治ってしまったそうで、仕事の面でも健康の面でも幸手に越してきて良かったとお話し下さいました。)