2005年8月28日



夏休みも残すところあと二日。本年から二学期制となった後期に向けて、子ども達の準備が始まる頃ですね。本日の友達の輪には幸手市子連の石川千鶴子さんからご紹介いただいた幸手市教育長の柴田幸雄さんに登場いただきます。

幸手市教育委員会
教育長 柴田 幸雄さん
本紙取材 木 康夫

【木】こんにちは。今回の取材は第二四八号となり発行日が八月二八日という事で末広がりな八がたくさん並びました。何か縁起が良さそうですね。今日はよろしくお願い致します。


【柴田(敬称略)】こんにちは。石川さんからご紹介をいただきましてとても驚きました。伺えば千葉前教育長も友達の輪に掲載されたということですので、とても光栄に感じております。そして、八と言う数字ですが、末広がりの八は大好きな数字ですし、これだけ並ぶという事は幸手市の教育環境に将来良い事があるということかもしれませんね。

【木】就任されたのはいつですか、また、以前は?

教育改革に
  3つの「ション」
柴田幸雄さん

柴田就任は平成十五年四月一日です。今年で三年目に入りました。就任前は春日部市立緑小学校で校長を務めていました。春日部には校長として六年ほどおりましたが、それ以前は草加で教頭職や教育委員会に在籍しました。私は一貫して「地域と共に歩む学校」をコンセプトに取り組み、教育改革を実践してまいりました。そのことが新聞やテレビ、雑誌などに取り上げられ、地元の幸手市で教育長を拝命することとなりその重責を感じております。そして、「夢と感動」をもって教育改革に取り組みたいと思います。私は職員によく「一人一人が追い求める夢とビジョンの質を高めよう」と話しをするのですが、それには、ミッション(使命)、パッション(情熱)、アクション(行動)の3ションが必要になってきます。夢とビジョンと使命の明確な自覚のないところに教育環境は存在しないと思います。

【木】具体的にはどんな事を考えていらっしゃるのですか?

カリキュラム・デザイナー
   タウン・マネージャー

柴田今の教師や学校に求められているものは。大きく分けると二つあります。これからはカリキュラム・デザイナーであることと、もう一つは町をマネジメントしていくタウン・マネージャーであること、そうした力量が校長も含めて教員、学校に求められる力ではないでしょうか。カリキュラム・デザイナーについては、使用教科書のコピーではなく、「わが校」の教育計画を作成し、学校の使命である「学力の向上と社会性の育成」に努めていくことが大切です。地域のタウンマネージャとしての役割については、『地域教育経営』を作成すべきというのが私の考えです。具体的には市民が主体となって市民参加型の教育文化を培った街づくりです。例えばふるさと伝承の会による市民が企画、立案した幸手市史講座の開講や自然愛護会による自然観察会を行なったり、行幸小学校では郷土芸能クラブを作り、大杉ばやしを伝承させようと後継者の育成を行なっています。また、市内の音楽サークルが集い昨年の暮れには「第九」の大合唱も行なわれました。このように、ふるさと幸手を再発見することは幸手のまちづくりにとても有効であると考えます。

【木】少子化傾向で子ども達が減ってきておりますね。魅力ある教育環境を作ることによって子育て世帯の増加は期待できないでしょうか?

魅力ある教育環境こそ
   魅力あるまちづくり

柴田集団活動を通じた人間形成という観点から、小中学校の各学年には三クラスが丁度良いと言われております。しかし、少子化の波は幸手市においても進んでおりこのまま行くと小中学校の更なる統廃合も考えねばならないでしょう。しかし、子育て支援に手厚い地域や教育環境に魅力がある地域では子ども達も増えております。たとえば、品川区では学区の自由化が行なわれ、子ども達に魅力ある学校づくりを行なっています。魅力ある学校にはたくさんの子ども達が地域を超えて集まっています。幸手においても学区自由化について検討を重ねておりますが、少子化対策の良策はなかなか見つかりません。また、幸手市ではオーストラリアとの教育交流を続けております。IT時代の現在においてはインターネットを通じて世界のすべてと交流が出来ます。オーストラリアは時差が一時間ということもあり日本の授業の中でインターネットなどを使って同時学習も可能と考えています。幸手の子ども達がオーストラリアの子ども達と日常的に交流できる環境が整えば、新しい魅力のある幸手市の教育環境の始まりになるのではと期待しております。

【木】魅力があれば柴田幸雄さん住みたい方も増えますね。教育長の子ども時代というのは?

豪雪地帯で培った
  ハングリー精神

柴田秋田県の横手市で開拓農家の一人っ子として育ちました。父親はシベリアで抑留生活をしていて日本に帰り、開拓村に入ったのですが、荒れ放題の山林を開墾してリンゴとか野菜を作っていました。本当に働きづめの生活で、いつも泥だらけの服装でした。貧しい生活でしたが、振りかえれば、家の貧しさは最高の教育だと感じます。横手市郊外の田舎でしたから小中学校とも片道六kmを毎日一時間半かけて通い、冬は凄い豪雪地帯で学校へスキーを履いて通学します。時には腰までの雪の中、歩いて帰った思い出もあります。過酷なところでしたが小中学校九年間無遅刻無欠席だったという事は、体力や根性、そしてハングリー精神はこの時代に培ったものだと思っています。

【木】夢はなんですか?

【柴田】幸手市の教育文化、スポーツを通じたまちづくりを全国に発信したいですね。そのためにも元気ある幸手を作りたいと思います。就任して二年間は合併問題や国体準備運営という大きな役割がありましたが、今年を入れて残任期間が二年ありますのでアグレッシブに行動して行きたいと思っています。ご協力をよろしくお願い致します。

【木】ではお友達をご紹介下さい。

【柴田】頑張っている子ども達でもよいですか?さきの国体にも出場したカヌークラブで頑張っている幸手東中学校三年生の石塚千恵さんを紹介します。

【木】中学生ははじめての登場ですね。ありがとうございました。益々のご活躍を期待致します。
(柴田教育長はとっても明るく、すべてポジティブな印象を受けました。趣味はレパートリーが二百曲にもなるカラオケだそうで、楽しい時間が大好きだそうです)




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