1996年3月17日



桜のつぼみも日一日とふくらみ、春の足音がそこまで聞こえます。幸手劇場松田純一さんからご紹介いただきました朝萬旅館の新井和博さんに友達の輪にご登場いただきます。

朝萬旅館
若だんな 新井 和博さん
本紙取材 高木 康夫

【高木】こんにちは。松田さんからのご紹介で、本日お邪魔しました。

【新井(敬称略)】 松田さんは助町商店会でお世話になっており、人生の師と尊敬しており、なんだか恐縮してしまいます。

【高木】新しくなった朝萬旅館さんですが、和の中に洋が同居し、歴史を残したモダンさがいいですね。新井さんは何代目ですか。

【新井】昨年9月に新装オープンし、この雰囲気になりました。当館は文政2年に創業され、私は6代目です。昔の幸手は奥州街道と日光御成街道の交わる宿場町で、古利根川の水利を活かし、人の動きが活発だったようです。明治初期には浦和よりも人口が多く20数件の旅篭があったそうです。

歴史をつなぐ
 ランドマーク

【高木】2百年近い歴史ですね。中に入った時に、ひのきの柱が目に入ったのですが。

【新井】前の建物は1899年に建てた木造3階建てだったのですが、建て直しの時に何かを残したいと考え、大黒柱を残そうとしました。ところが、大黒柱は先に取り出すと、名のとおりすべてが崩れてしまうんです。そこで取り壊しの後、利用できる物を削り直し正面に用いました。当時は良い木材が使われてて、古さを感じずに歴史を残せた気がします。

【高木】エントランスや看板もすてきですね。

【新井】将来も考えて大幅にセットバックしました。以前は当館の前まで歩道が迫ってしまい、この道も拡幅されるでしょうし、おこがましいですが、商店街のランドマークにでも、なってくれればと思ってます。看板も自分たちで考えました。朝萬と書いてあっても大抵「あさまん」と呼ばれます。それなら、「あさよろず」と初めから作ってしまおうと考えたのです。父(大だんな)が筆で書いたものを看板に用いました。CIといったら大げさですが、大変気にいっています。

【高木】朝萬という屋号はどういう意味があるんですか。

【新井】萬屋(よろずや)って聞いたことがありますか?江戸時代には萬屋というのがあり、いまでいう何でも屋さん(コンビニ)のことですが、創業者の先代が幸手で萬屋を始めたそうです。そして、子供たちも、長男が「七萬」・次男が「朝萬」・三男が「角萬」・四男が「新萬」と独立し、その後『朝萬』は旅篭となって今に至っています。この仕事は休みもありませんし、24時間体制ですからまさににコンビニみたいな環境です。歴史が語るところでは、伊藤博文や板垣退助、大久保利通など宿泊しています。繁盛してるのかな、なんて思います。

「長居は無能」
 家業への転職

【高木】宿泊記念の宿礼は残ってるんですね。新井さんはこのお仕事をずっと続けられてきたんですか。

【新井】実は、私は数年前では銀行員だったんです。銀行というところは、世代交代が早く40才までに支店長にならないと将来がないところで、まあ、優秀な人間がたくさん育ってくるということですが、20年間勤めて43才のとき退職したんです。だから、まだ駆け出しなんですが家業でもあり、若だんな扱いしてもらってます。(笑い)

【高木】ずいぶん思い切りましたね。

【新井】歴史がありますから、いつかはあとを継がなくてはと思っていたんです。又、20年勤めますと退職金も正規に支給されますから。(笑い)それに職務上、大手企業の中堅クラス以上と対等に接する機会が多く色々な勉強もさせていただきました。冒険家タイプではないのですが、「何があっても恐くない」という自信がつきましたね。家族も理解をしてくれ、両親が健在だということもあり、家業に入りました。

【高木】なるほど。伺ってますと信条のようなものが感じられますが。

【新井】人生は「長居は無用」でなく「長居は無能」と思ってます。ひとつの事にしがみつき、長く関わっていると、若い人たちが育ちませんし、新しい展開が得られません。ひとつのポストに長く執着する方がありますが賛成できないことですね。百年の大計を踏まえた上で、時代にあった戦術は必要なんですよ。それを見極めるのが感性と見識でしょうね。ですから、私たち個人事業主にも定年制が必要であり、必然的に目標をもって後継者を育てないといけないと思います。

【高木】新井さんは、家業を継いでどのくらい長居する予定ですか。(笑い)

【新井】今は駆け出しの下っ端ですし、子供もまだ、上が高校生ですから、20年を目標にがんばりたいと思います。

無趣味で
 ゆとりを楽しむ

【高木】休みがないとのことですが、趣味などは。

【新井】朝お客様が出られ入館するまでて割と時間がとれるので、悠々自適に本を読んだりしてます。でも、長い時間空けられませんので、今は無趣味です。しかし、何か時間のゆとりがあって心身共に豊かになった気がします。まあ、今は充電中のみですから時間を楽しむことが趣味かも知れませんね。

【高木】拝見してても、ゆとりを感じます。旅館の風情がそうさせているのでしょうか。

【新井】当館は商人宿でして、50年もきていただいてる常連さんもいます。そんな方たちが、好んで利用していただけるのも、和風のたたずまいなのかなと思っています。最近でが、地元の方もお泊まりいただいています。 食事を二食出す旅館ということと、和室の温かさを好むのでしょうか。 桜の季節などは、多くのお客が見えます。

【高木】お部屋数などはどうなんですか。

【新井】全部で23室あり、60〜70名様お泊まりいただけます。お風呂のついている部室もありますが、温泉気分で大風呂に入りたいとおっしゃるお客様もあり、日本旅館のよき伝統を残していければなあと考えています。

【高木】風情があって温泉気分で、桜の季節などには観光旅館としてもお勤めですね。それでは、お友達をご紹介いただきたいのですが。

【新井】絵を書いたり、本を出したりと、幸手の若手文化人の第1人者と思ってるのですが、聖福寺(新寺)副主職の今井康隆さんを紹介します。

【高木】ありがとうございました。若だんなとしての心意気で、歴史ある「あさよろず」さんがいつまでも栄えますようお祈りいたします。

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