1996年11月10日



(株)山陽不動産の三牧省吾さんから紹介いただいた4号線Dマート隣にあるうなぎの「まる家」の斎藤隆子さんと対談してまいりました。

うなぎの「まる家」
おかみさん・斎藤隆子さん
本紙取材・高木康夫

【高木】お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。

【斎藤(敬称略)】三牧さんにはお店の設計、施行では親身になって頂き、主人であるオーナー共々お世話になりました。偶然ですが、三牧社長の奥様と私の母は八代亜紀で有名な九州の八代市の出身で、店舗設計施行を本格的に始められたのも当店が最初と伺っており、そんなご縁で夫婦で親しくさせて頂いています。

【高木】斎藤さんは九州にいらしたのですか。

【斎藤】九州は母の故郷で母が大宮に嫁ぎましたので、私は大宮なんです。

【高木】ご結婚されてこのお仕事に入られたのですね。

OL時代の夢
 喫茶店経営

【斎藤】主人の家業ですが、もともと商売が好きな性格で、独身のOL時代には自分で喫茶店を経営するのが夢だったのです。今思うと考えられませんが、OL時代はコンピューターを操作してました。でも、夢を求めてOLを辞めて喫茶店経営の勉強に喫茶学校に通いました。結婚についても商売をしてる人と結婚したいと思っていました。当時、友人が喫茶店の開店をすると、学校のみんなで応援によく行きました。そんな夢を持ってた時期に知り合ったのが主人で、小さな喫茶店から大きなうなぎ屋さんになってしまいました。(笑い)ですから、主人には感謝してますし、今の仕事はとても楽しくさせて頂いてます。

【高木】念ずれば夢は実現するものですね。「まる家」さんは随分古い歴史があるとか。

魚店からスタート
 百年の歴史

【斎藤】主人で五代目になるそうです。初めは関宿宿と幸手宿の中間点の茶屋として営み、その後、魚屋さんで仕出しなどを行い、料理店となっていったそうです。そして明治30年に二代目が朝間神社の隣にあります「まる家」本店を創業しました。幸手には鰻などの川魚料理のお店が多いですが、この付近にはきれいな河川や神扇沼に千両の魚がいたと言われ、川魚も多く捕れたという話です。それに、川を使った物流拠点でもあり、問屋さんや商家もたくさんあって人の流もにぎやかだったのでしょう。

【高木】浅間神社「初山」も年行事として賑わってますね。

【斎藤】「初山」はお子さんの成長を祝って、浅間神社でおでこに判を押してもらうのですが、そこで売っている3点セットの「ネギ・うちわ・飴」は義父が考えたそうです。浅間神社は富士山の神社で、富士山にお参りするのに喉を潤す「飴」と家族円満になるように「うちわ」そして子供が真っ直ぐに育つようにと「ネギ」を売っていたそうです。

【高木】そうでしたか。Dマートさんの隣にはいつ頃お店を作られたのですか。

気楽に入れる
 うなぎ屋さん

【斎藤】ドライブインとして営業していた所でしたが、鰻のお店というとどうしても男性客中心のイメージが強く、もっとファミリー的な気軽に入れるお店をと4年前ですが、ドライブインを取り壊し、今のお店を作りました。メニューも鰻に限らず若いカップルなどにも人気のヒレカツやてんぷらなども取り入れバラエティ豊にしています。主人があまりこだわりを持たず鰻家さんという庶民的なところを大切にしたいという店作りが、最近の和食傾向と合ってきたのかも知れません。

【高木】ご家族連れや若いカップルが入りやすい雰囲気ですね。営業時間は?

【斎藤】月曜定休で午前11時半から午後10時(ラストオーダー午後9時)まで営業しています。ランチタイムには「うな丼」千円が好評です。宣伝になってしまいました。(笑い)

【高木】ご夫婦で同じ職場でご一緒にお仕事をされてますが、お子様は?

家族みんな
 一人の人として

【斎藤】上が女の子で高校1年生、下は男の子で中学1年生です。両親が仕事で家庭に居ないことが多いのでわが家の子供たちは自立心がとても強くなってます。2人共ですが、1人の人間として見てあげないと嫌がります。子供であるとか、頼らせるとかは子供たちにとってのタブーで、子供には子供なりの事情があるし、社会もあると認めてあげてます。ですから子供たちに「ガミガミ」と頭ごなしには言いませんし、子供の主体性を尊重してきました。言い換えれば、子供にとっては「親をあてにしちゃいけないよ」と言うことなのかもしれません。(笑い)

【高木】ある意味では厳しいですね。

【斎藤】「初心忘れるべからず」と思っています。慣れや油断が仕事でも家庭でもありがちで、たとえば、お掃除にしても「まあ、いいか明日で」と思ったり言い訳が先にでてくるとダメですね。

【高木】趣味等は?

共に白髪の
 生えるまで

【斎藤】家族全員、海が大好きなんです。独身時代主人は「波乗り」をやってて、誘われる私は浜辺でよく見てました。望遠カメラを携えて主人のサーフィン姿を撮ってましたが、当時サーファーなどという人は、殆どいなかった時代ですから主人は飛んでたかもしれませんね。(笑い)

【高木】映画のワンシーンのようですね。

【斎藤】そんなことはないんですが、その影響からか、娘は中学時代からボディボードを始め、息子もよく海に出かけます。わたしはもっぱらカメラマンです。

【高木】仲の良い家族ですね。

【斎藤】夫婦としても子供に対してもそれぞれ一人の人間として見ることが大切と思ってます。夫婦で、今も互いに男性と女性と思ってます。夫であるとか妻であるとか父や母であると決めつけてしまうと、立場を尊重出来なくなってします気がします。まあ、付かず、離れずの関係で20年の長い恋愛に「共に白髪の生えるまで」といったところです。(笑い)

【高木】ごちそうさまでした。それではお友達をご紹介頂きたいのですが。

【斎藤】幸手法人会女性部でお世話になっており、遠い親戚にもあたるのですが「ホテル・グリーン・コア」社長の金子さんを紹介させていただきます。

【高木】ありがとうございました。

【仲の良いご夫婦で、ご商売同様お子様もネギのように真っ直ぐ成長されている楽しいご一家でした。】

 

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