新年明けましておめでとうございます。読者の皆さまには良い年を迎えられたことと存じます。本年も「友達の輪」をよろしくお願いいたします。さて、今年のトップバッターは飯原宗次さんよりご紹介いただいた矢吹トシ子さんです。矢吹さんは陶芸教室なども開かれている陶芸家です。
陶芸家
矢吹 トシ子さん
本紙取材 木 康夫
【木】新年あけましておめでとうございます。今年のトップバッターとなりますがよろしくお願いいたします。
【矢吹(敬称略)】おめでとうございます。このコーナーの取材を受けるなんて考えてもいませんでしたから驚いております。こちらこそ、よろしくお願いいたします。
【木】飯原さんとは長いお付き合いと伺いましたが?
【矢吹】かれこれ三十年になりますでしょうか。旧家屋の修繕から始まり現在の住居もそうですし、陶芸室もお願いしました。大工仕事はすべてお任せしています。
【木】陶芸家としてご活躍されていらっしゃるようですが、陶芸を始められたきっかけはなんですか?
【矢吹】幸手に帰ってきて友人に陶芸教室へ行かないと誘われたのがきっかけでしょうか。実は私は幸手で育ったのですが、主人がサラリーマンをしていて転勤で大阪に長く住んでいました。繊維関係の会社で、オイルショックで不況の時期があったのですが、その時に会社が希望退職を募ったのです。それで、転職のチャンスと思い主人と共に実家である幸手に戻ってきたのです。娘たちが幼稚園に通っていた頃ですね。教室に誘われて行ったのですが、おもしろいので病みつきになってしまいました。(笑)
【木】陶芸のおもしろさと言うのはなんですか?
【矢吹】作品として完成した時のうれしさもありますが、無から何が出来るかと言うことですね。例えば、土にもいろいろな種類があります。焼き上がりの趣きを創造し、作家によっては貝殻や石を砕いたものなどを混ぜたり、絵を描く人は白い土をキャンバスにみたてたり、いろいろな楽しみがあります。私も最初は趣味のひとつで始めたので、月一回の教室で午前中だけでした。その後、春日部に良い先生を見つけて師事を受けることにしたのです。教室では先生の指導のもと、粘土をこねてろくろで回し創作するのです。それで、午後になると教室のみんなと食事をしながら陶芸の話をしたり、陶芸ギャラリーをみんなで見に行ったりと教室のアフターがとっても楽しかったのです。最初は湯飲みや小鉢などを作っていましたが、いろいろ見たり学んだりしているうちにもっとやってみたいという気持ちになりました。それで、庄和にある文化学院の社会人向け陶芸教室に通って勉強したりしました。それから陶芸は私のライフワークになりましたね。
【木】教室も開かれているようですね?
【矢吹】五〜六年ほど前になりますが、春日部の先生が高齢になり八十三才で指導を辞められることになったのです。私は平成元年に先生の指導のもと本格的にやりたいと考え、ろくろや電気窯などを購入して、自宅とは別のところに陶芸室を建ててありました。それで、先生が辞められると聞いたときに、それでは、独自に勉強しようと自分の陶芸室で創作を続けました。ある日、陶芸室の電気のメーターを計る人が来て「陶芸をやりたい人たちがいるんだけど教えてもらえないだろうか?」と尋ねられたのです。私としては一緒に楽しむつもりだったらいいのではと考え、日曜日に五人程のグループがやってくるようになりました。その後、口コミで木曜日のグループ、月曜日のグループといったように、個人参加ではなくグループ単位で増えてしまいました。宣伝も一切していませんし、教室を開こうと思ったのではなく、自然発生的に教室が生まれたと感じています。そして、グループによっては、私が経験したことと同じように午前中はろくろを回して、午後からは食事とおしゃべりといった楽しさも味わっているようです。(笑)
【木】楽しそうな教室ですね。趣味も豊富と伺っていますが?
トンボ玉に
魅了され
【矢吹】トンボ玉ってご存知ですか?トンボ玉はガラス玉でメソポタミアやエジプトで、今から三千五百年も前から作られていました。トンボ玉とは、穴のあいたガラス玉に、異なった色ガラスでいろいろな文様を溶かしつけた玉の呼び名です。外国では、アイビーズと呼ばれています。日本では、江戸時代中頃から使われていた名称です。江戸時代に、様々な技巧を凝らした玉が作られ、江戸トンボ玉と呼ばれましたが贅沢禁止令によって、伝統が途絶え技法は陶芸のように引き継がれませんでした。現在も陶芸ギャラリーなどがあると併設でトンボ玉の展示があったりします。私は十年程前にトンボ玉に出会い、すっかり魅了されてしまい集めはじめたのです。
【木】今、身に付けられているものもそうですね。ご自分で作られるのですか?
【矢吹】最初はトンボ玉を集めるのが楽しかったのですが、鎌倉でトンボ玉で出来た一連のネックレスを購入して、それをばらしていくつかのトンボ玉を組み込んで新しいネックレスを作ったりしたのです。そうしたら、お友達の評判も良くて、以来、トンボ玉のアクセサリー創作を始めるようになりました。材料であるトンボ玉も骨董品が好きで外国に多いのですが、外国旅行に行く時は必ずトンボ玉を見つけてたくさん購入してきます。今では友人のご主人がツーリストを経営されていて、海外へ出掛けると買ってきてくれます。祖母の古いメノウやヒスイのネックレスも、ばらして他のトンボ玉と組み合わせると質感も良くて見違えます。最近は着物の生地を紐に使ったりと作品の幅も広がってきました。ただ、友達などから作ってと依頼されるのですが時間があまりないのでなかなか作ることも出来ませんね。(笑)
【木】素敵な趣味ですね。では、お友達をご紹介ください。
【矢吹】ハイキング同好会でご一緒させていただいている山崎和夫さんをご紹介いたします。
【木】ありがとうございました。新年のスタートに楽しいお話ありがとうございました。どうぞ、これからも陶芸やトンボ玉の創作にご活躍下さい。
(矢吹さんはとても気さくな方で、今年の夢はお嬢様の結婚と孫の顔と笑顔で語ってくれました)