1998年4月19日



 「ときには太陽がかがやき、ときには満月が光る。ときにはすぐそばの本があなたを遠くへと運んでくれる」ベルギーの詩人バルト・ムイヤールト氏作のメッセージ「本を開けばふしぎな世界」の一節です。子どもたちの本離れが言われる昨今ですが、本日の友達の輪には地域での文庫活動を通じて幸手ひがし幼稚園理事長の印田博秀さんよりご紹介いただきました朝倉セツさんにお話を伺ってまいりました。朝倉さんは幸手市平須賀の宝聖寺で、のらぎ文庫を開かれ今年28年目になるそうです。

のらぎ文庫主宰
幸手市図書館協議会
会長 朝倉 セツさん
本紙取材 高木 康夫

【高木】こんにちは。印田さんから幸手市図書館協議会でお世話になっている方と伺ってまいりました。図書館協議会ってなんですか?

【朝倉(敬称略)】市から委嘱され、図書館運営について予算や事業計画などを協議する機関です。印田さんには副会長をお願いしてます。印田さんは先輩をたててくれ、何事にも積極的で時間を大切にし、会議に一度も欠席をされない素晴らしい方です。

【高木】「のらぎ文庫」を開かれているとか?

テレビで本を読まない
    親が見本をみせよう

【朝倉】娘が小学校の昭和46年頃ですがテレビが急速に普及し、当時PTA役員をしており会議に参加すると「うちの子はテレビばかり見て、ぜんぜん本を読まない」という声を聞くようになったのです。以前から地域の子どもたちの役にたてればという気持ちと、これはなんとかしなくてはという気持ちから、まず、親から手本を見せようと近所のお母さん方を対象に私設文庫を思いついたのです。幸い権現堂川小学校で教師をしていたこともあり、元上司の梅林寺先生が初代図書館長をされており相談したところ、「地域に役立つなら協力しよう」と、昭和46年4月1日に図書館から50冊の蔵書を借りてきて文庫を開設したのです。この辺は農家がほとんどで、お母さん方がクワやカマを担いで、農良着でも来られるようにと「農良着文庫」と名付けました。

【高木】「のらぎ」というのは「農良着」だったのですね。

農良着からのらぎへ
    主体は子どもたち

【朝倉】2年くらい経つと、農家の生活も変化し、お母さん方がパートに出たりして、本を借りに来なくなったのです。そこで、子どもたちのための文庫にしようと蔵書の内容を一新させ、子ども向け150冊の「のらぎ文庫」が始まったのです。現在3469冊の蔵書に恵まれ、子ども主体の文庫運営がされています。毎週土日の午後2時から4時までが開館時間で、貸出や本の整理も「やりたい人いるかしら」と声を掛けると「私やりたい」「僕やりたい」と目を輝かせ、手を挙げてくれます。また、読書感想発表会というものを定期的に宝聖寺本堂で開くのですが、1位から3位までトロフィーを用意し、来賓の図書館長などに審査をお願いするのです。トロフィーをもらった子どもはすごく喜び、何か自信のようなものを身につけてくれます。

【高木】楽しそうですね。

好きなものを
   好きなときに読む

【朝倉】そうですね。のらぎ文庫の良いところは好きな本を読めることかも知れませんね。「なんで、のらぎ文庫に来るの」と問いかけたら「6年生でこういう本読んだら笑われるけど、ここは、好きな本が借りられるから」と言われました。学校の図書などは何年生向けとか、読む目安として学年単位で整理されていることが多いのですね。ある発表会の時でしたが、5年生の子どもさんが発表会で「トコちゃんはどこ」という3年生向けとされている本の感想発表を堂々としたのです。そうしたら感想を読み終わったあとにたくさんのお友達からものすごい拍手がおこったのです。不思議に思っていたら、お友達から「A子ちゃんは学校では本も読まないし、手も挙げないから、今日の感想発表はすごくうれしくなっちゃった」と聞かされたのです。また、道で行き会ったお年寄りから「隣のB子ちゃんが、おじいさんかわいそうだから、紙芝居をやってやっから、と言って来てくれたよ」と言われたのです。よくよく聞くと、お年寄りは敬老会にかぜをひいて出席できなかったそうで、それがかわいそうだと思った少女が、文庫にある紙芝居を持っておじいさんのところで鶴の恩返しを見せてあげたようです。文庫の中で確実に成長している子どもたちにすごく感動させられました。そして、小さい文庫でもやっていてよかったなと思ったのです。

【高木】子どもたちの純粋さですね。

常に心がける
   かきくけこの人生

【朝倉】そうですね。私は文庫を通じて子どもたちに励まされ、共に喜び、その跳ね返りで今の自分があるものと感じています。そして常に「かきくけこの人生」をやっていれば間違いはないと思うのです。それは何事にも、「か」は感謝の心、「き」は協力者の存在、「く」は苦労はかってでる、「け」は健康、そして「こ」は公共のために、という五つの事柄があってそれを忘れないということです。「のらぎ文庫」が28年続いてきたのも協力者の存在や信頼関係があったからこそであり、それがあるから感激でやめられないのかも知れませんね。

【高木】なるほど、かきくけこですね。夢などは!

【朝倉】文庫が始まった頃、市の東西南北に文庫があったらいいなあと思っていたのですが、昭和61年に「シリウス文庫」さん、62年に「なかよし文庫」さん、平成5年に「絵本の家」さんと23年目にしてその夢がかなったんです。現在でも横のつながりを密に「文庫の会」を通じて交流しています。そして、のらぎ文庫ですが、宝聖寺境内は自然環境が豊かですので、四季の花々を見ながら、古い大木の下で本を読んだり、感想を述べたりと、心の安らぎを求めたいと思っています。

【高木】楽しみですね。ではお友達をご紹介下さい。

【朝倉】幸手市東で民生委員をされている増田辰夫さんを紹介します。

【高木】ありがとうございました。これからも子どもたちを通じた地域社会活動にご活躍下さい。

(取材に伺った4月2日は偶然にも「のらぎ文庫」の28年目最初の日、そして、アンデルセンの誕生日でもあり、国際的な「子どもの本の日」でした。朝倉さんはとても穏やかな方で、この偶然にとても感動されていました。日常些細な事柄でも、感じることが出来る素晴らしい感性をまたまた発見した1日でした。)

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